ありがとう、瀬戸ビル。
皆さん、こんにちは。
破滅フラグしかない人生ゲームに転生してしまった石井健太郎です。
更新がとても遅く申し訳ないです。
先日、移転のお知らせをしましたが、8月末に旧仰星館の片付けが終了しましたのでご報告いたします。
2001年3月末に殿町瀬戸ビルに入居し、約20年間お世話になりました。仰星館の起源は1996年に私の自宅で開いた九大講座という小さな学習塾でした。
その後家庭教師や某九大進学ゼミでのアルバイトなどを経て、津田町の公民館で1年間鞍手高校の(わかんないからニックネーム出してもいいよね)くに、しゅうへい、ひろし、たにひろ、はじめちゃん、そしてバド部の愉快な仲間達と過ごしました。
その次が仰星館ですね。
ビルの片付けから始めました。
あの時手伝ってくれたのが、しゅうへいとはじめちゃん。大騒ぎしながらの作業を思い出します。
教室に壁はなく、贈答用の紙がたまたまあったため、テープでつなげて壁にしました。教室の扉を開ける度に、天井からテープが剥がれて生徒たちの上にバサリと落ちてきていました。
最初の先生は、私とマッティ。
私が数学と理科と社会で、マッティが英語と国語でした。よくもまぁ、2人でやってたもんです。6月からタカッシーが加入してきて、物理を担当してもらい、9月に許斐くんが加入して、社会を渡し、次の年にはたむさんとやすくんが加入して大所帯になっていきました。
ここらへんは結構前の卒業生のみんなにしか分からない先生達ですね。今はいない先生も無事ですので、ご安心を。
昔は毎年していた仰星館祭り(焼肉)や石井の趣味でやっていたホラー祭りなどもコロナの為中止になっています。
旧仰星館は深夜2時過ぎまで補習を行う非常識学習塾でした。今は私達も年を取り、少しだけ常識というものを食したので、そのような暴挙は行っていません。
しかし、そんなめちゃくちゃな所がうちの良いところだった気もします。
定期テストが終われば、授業やめてボーリング行ったりカラオケに行ったりと、基本生徒達と遊ぶ事ばかりだった気がします。
解説中に解き方が分からなくなって、
「うん、僕が解けないんだから、これは出来なくてイイ!!」
などの恐ろしい放り投げも幾度となくありました笑
本当、年を取ると昔話ばかりしてしまう不思議。
でも、このブログをきっと読んでくれてる卒業生のみんなが、ちょいと高校時代を思い出してくれたらと思います。
最近、幼馴染の息子さんが塾に来てくれてます。
卒業生の息子さんも来てくれてます。
だって仰星館は20年やってるんだから当たり前ですよね。
そんな20年を支えてくれた瀬戸ビルにありがとう。
最後、片付け全然参加出来なくてごめんね、たかしさん(T_T)
色々な思い出を残してくれた、旧現役専門予備校仰星館。
新しくなった仰星館、またこれからもよろしくお願いします。
では、各地で活躍する卒業生のみんな、公民館組のしばらく会ってないみんなもコロナに負けず、頑張ってください。
僕たちも頑張ってます